ノンスティックコーティング②

DuPont社のフライパン用3層構造ノンスティックコーティングに関する特許を読みました。
先行特許文献(DuPont社特許)も確認することで、調理器具用ノンスティックコーティングの技術課題と課題を解決するための手段の変遷を理解しました。

今回読んだ明細書JP2004533941Aには先行特許文献として自社特許が記載されています。
時系列で整理すると以下のようになります。

特許文献2 US4014834 (Concannon 1977) ポリイミド樹脂前駆体のポリアミド酸
特許文献5 US4380618 (Khan 1983) バッチ重合プロセス
特許文献3 US5079073 (Tannenbaum 1992) PAIを使った下地層
特許文献4 US5250356 (Batzar 1993) 調理器具コーティングシステム
特許文献1 EP1016466A2 (Fernand 1999) 耐摩耗性コーティング
本発明   US6761964B2(Tannenbaum 2004) フッ素樹脂ノンスティックコーティング

1.先行特許文献

(1)特許文献2 US4014834 ポリイミド樹脂前駆体のポリアミド酸
特許文献2は、ポリアミド酸塩、第3級アミン、NMP(メチルピロリドン、融合助剤)、フルフリルアルコール(粘度低減助剤)を用いて安定したポリアミド酸水溶液を生成するための組成・生成に関するものです。コーティング時にはポリアミド酸を水溶液で利用し、コーティング膜が得られた後にイミド化させて耐熱性に優れたポリイミド膜を成形します。

(2)特許文献5 US4380618 バッチ重合プロセス
特許文献5は、高い生産性と収率のバッチ重合で、TFE(四フッ化エチレン)とコモノマーの共重合を行い、溶融成形可能な樹脂を生成させるプロセスに関するものです。

(3)特許文献3 US5079073 PAIを使った下地層
特許文献3は、コスト増やコーティングに悪影響を与える可能性のある粗面化を行っていない、すなわち加工されていない滑らかな表面の基材への複層コーティング法に関するものです。

ノンスティック特性に優れたコーティングはその性質上、基材への付着が困難だという課題を解決するための発明です(ノンスティック特性とコーティング付着性のトレードオフ)。発明者は本発明と同じTannenbaum氏です。

課題解決のための手段はPAI(ポリアミドイミド)とシリカ超微粒子コロイド、界面活性剤からなるアンダーコート上にPTFE(ポリ四フッ化エチレン、テトロン)を使ったプライマーコートとトップコートを塗布するというものです。

低コスト(下地加工なし)、ノンスティック性、耐久性(TP調理試験など ※後述)を備えた優れたコーティングのためには、アンダーコートにはPTFEを使わず、膜厚を薄く(0.1-5.0μm)することが鍵です。

(4)特許文献4 US5250356 調理器具コーティングシステム
特許文献4は、TFEとコモノマーの共重合で得られるフッ素樹脂と、マイカやシリカコロイドなどの充填剤を使った従来のノンスティックコーティングの弱点は耐ひっかき性(scratch resistance)だと主張しています。その課題解決手段は、充填剤としてプライマーに小さなセラミック粒子(粒径3-5μm)を含有すること、プライマーとミッドコートにPTFEとコポリマー(PTFE/PFAなど)のブレンドを用いてコート間の付着力を上げることなどです。

発明の名称を「調理器具コーティングシステム」としているので、AIHAT(accerlated in-home abuse test)という金属製調理器具(フライ返し、フォーク、泡立て器)を使って卵、ハンバーガー、トマトソースを調理する過酷な試験で耐ひっかき性を評価しています。

ただし、実施例ではコーティング前の鍋にブラスト加工を行って表面の粗面化を行っています。これはコーティング付着性を強化するために機械適接合(粗面化)による化学的接合の補助であり、粗面化を行わない基材表面へのコーティングを目指した特許文献3の課題(ノンステック特性とコーティング付着性のトレードオフ)を一部緩和したものと言えます。

(5)特許文献1 EP1016466A2 耐摩耗性コーティング
特許文献1は粗面化していない滑らかな基材表面に付着し、優れた耐摩耗性と十分なノンスティック特性を有する高耐久ノンスティックコーティングに関するものです。コーティング前の鍋は洗浄で油脂を除去するのみで、粗面化されていません。

また、従来のノンスティック特性を最適化したコーティングの課題は、耐摩耗性が犠牲になっており、摩耗のメカニズムを十分に解明していないことだとしています。

課題解決の主な手段は、SiC(炭化ケイ素)の大きなセラミック粒子を含有する無機充填フィルム硬化剤をプライマーに用いることです。大きなセラミック粒子はアンダーコートからミッドコート・トップコートへ突き出し、コート表面に偏向点(FIG.1の18,19,20)を形成します。これによりコーティングから摩耗力をそらし、摩耗力によるコーティング剥がれの発生を防ぎます。

耐摩耗性の向上のためには、ノンスティック特性を失わないようバランスを考慮した上で、偏向点を形成できる十分な大きさのセラミック粒子を多くプライマーに含有することが重要です。

10 substrate(基材)12 non-stick coating 13、14、15、16、17 大きなセラミック粒子    18、19、20、deflection points(偏向点)

コーティングの評価はSEM(走査型電子顕微鏡)での断面観察に加えて、テーバー法(2個の摩耗輪を備えた試験機で連続的に摩擦)、アルミナサンドペーパーによる摩耗試験、旋盤加工の切削ツールによる引っかき耐久試験、MTP Abrasion Test(タイガーポーヘッドを備えた試験機による耐摩耗試験、前記事参照)などさまざまな試験方法で行っていますが、調理環境での試験は採用していません。

2.フルオロポリマー(ノンスティックコーティング)US6761964B2

従来の技術はノンスティック特性を犠牲にして耐摩耗力を獲得してきました(ノンスティック特性と耐摩耗力のトレードオフ)。本発明での課題は、特許文献1(欧州特許)で達成した耐摩耗性に優れたコーティングをさらに改善して、摩耗したあともノンステック特性を失わないコーティングを実現することです。

フッ素樹脂の組成や、樹脂バインダーに関しては特許文献4や特許文献2を参照しつつ、「特許文献1の実施例3」を「明細書の参考例2」として改善点を説明しています。

課題解決の主な手段は、欧州特許との比較で、少量の大きなSiCセラミック粒子を含有する、薄い膜圧のプライマー、アルミナの小さな粒子で強化された厚い膜厚のミッドコートの組み合わせです。

欧州特許のコーティングはMTP Abrasion Testで420分後も格付け9(10が新品の状態)であり、150分程度で格付け5(明らかな楕円形摩耗痕)と判断されて試験が終了となる一般的なコーティングに対して圧倒的な耐摩耗性を示しており、この点では本発明のコーティングと同等です。 

そこでさらなる改善を検証するために様々な試験方法が採用されています。

① Mechanical Tiger Paw Abrasion Test (MTP abrasion) TPヘッド試験機
② Tiger Paw Cooking (TP) 酸、塩、脂環境でTPヘッド回転
③ Accelerated Tiger Paw Cooking (ATP) TPの低温加速版
④ Mechanical Abrasion and Release Test (MAR) 研磨パッド試験機、卵焦げつき
⑤ Accelated in-home abuse test (AIHAT) 金属製家庭調理器具

本発明のコーティングは、①のMTP摩耗試験では欧州特許コーティングと同等の格付けですが、②から⑤までの実際の調理を伴う評価では大きな差を示しています。また、①での格付けは同等ですが、試験後の欧州特許コーティングにはパターン化された表面は観察されず(その他一般のコーティングと同じ)、本発明のコーティングは波紋状(rippled)のパターン化された表面が観察されました。

これらの結果に基いて、摩耗したあともノンスティック特性を失わない新しいコーティングは次のように説明されています。

プライマーの大きな粒子がコーティング表面に伝わって偏向点を形成し、摩耗力に耐え、コーティングから摩耗力をそらし、鋭利な物体がフッ素樹脂へ貫通することを阻止する。しかし、欧州特許の組成に比べて大きなセラミック粒子の数を減らし、粒子間の間隔を開けることが、特に実際の調理環境下では大きな耐摩耗力を生み出しており、摩耗力によりトップコートが摩滅してノンスティック特性を失うことを防いでいる。

プライマーの少ない大きなセラミック粒子と小さなセラミック粒子により強化されたミッドコートの組み合わせが協調して働くことで、より強固な耐摩耗力を獲得するとともに、摩耗の後にコーティング表面の再編成が行われる、いわば動的な(dynamic)コーティングが得らる。

このことは摩耗後に表面に現れる新コーティングに特有の波紋状のパターンで確認される。また、コーティング断面のSEM画像では、摩耗後にトップコートがミッドコートに沈み込んでいることが確認され、摩耗力により生じるトップコートの再配列がトップコートのミッドコートへの移動という形に変換され、より大きな補強効果、かみ合いの関係(interlocking)を生み出していることがわかる。

3.まとめ

日本語の公開訳を読むことからはじめましたが、特許文献を参照する記述が多く、最終的には英語の明細書で内容を確認しました。わからない用語を調べたり、評価方法や試験機について情報収集をして確実に理解できるよう作業を進めたので時間がかかりましたが、一件の特許にしっかり向き合うことを最優先にしてとりくみました。

先行特許文献で使われている比喩的な表現がその後の明細書で引用符をつけて使われていたり、同じことが別の表現で説明されていたりしており、関連特許に目を通すことが明細書の正確な理解につながることを実感しました。

基本の辞書をそろえたばかりだったので、訳語の確認など試運転的に活用をしましたが、Tradosとの連動を含め、今後英語の明細書を読む機会を増やす中で使い方に習熟していく必要があります。

明細書を読む件数が不足しているので、今回のように精読する明細書に加えて、概略を把握する明細書の件数を増やしていきたいと思います。

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IT機器メーカーの会社員です(営業・マーケティング職)。 退職したあとプロの特許翻訳者としてデビューするために勉強をはじめました。  2020年10月よりレバレッジ特許翻訳講座を受講しています(第10期生)。 理科の基礎知識から積み上げて、最終的には信頼される翻訳者になることが目標です。